大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)4131号 判決

原告 今井義行

被告 横井義一 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者の求める裁判

(原告)

原告に対して、被告横井は別紙物件目録〈省略〉記載の家屋のうち(A)部分(以下、本件家屋(A)という)から、被告豊田は本件家屋(B)部分から、被告上田は本件家屋(C)部分から、被告山田は本件家屋(D)部分から、それぞれ退去して、その各敷地部分を明渡せ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

(被告ら)

主文同旨の判決。

二  事実関係

(請求原因)

(一)  別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という)は原告の所有である。すなわち、

本件土地はもと豊田てる子の所有であつたところ、原告は昭和三九年二月二六日代物弁済により、その所有権を取得した。

(二)  そして、本件土地上にある本件家屋は山崎彪の所有であるところ、被告横井は本件家屋(A)に、被告豊田は本件家屋(B)に、被告上田は本件家屋(C)に、被告山田は本件家屋(D)に各居住して、各その敷地部分を占有している。

(三)  よつて、原告は本件土地に対する所有権に基づいて、被告らに対し、原告の求める裁判部分記載のとおり本件家屋のうち原告主張部分からの退去と各その敷地部分の明渡を求める。

(請求原因に対する認否)

請求原因事実を認める。

(抗弁)

(一)  本件家屋の所有者である山崎彪はその敷地である本件土地について法定地上権を有しているところ、被告らはいずれも右山崎から本件家屋のうち原告主張部分を賃借しているのであるから、被告らは本件土地のうち原告主張家屋の各敷地部分を適法に占有している。すなわち、

1 法定地上権に関する民法三八八条の規定は同一所有者に帰属する土地とその地上家屋の一方に抵当権を設定し、その実行の結果土地とその地上家屋の所有者が別人となつた場合を予定している。しかし、法定地上権が成立するのはこの場合に限定されるものではなく、金銭債権の支払を担保するため土地とその地上家屋の所有者がその一方について抵当権を設定すると共に債権者を予約完結権者とする代物弁済の予約を締結した場合に、債権者が債務者の履行遅滞を理由として予約完結権を行使し、その結果土地と地上家屋との所有者が別人となつた場合にも成立すると解すべきである。

抵当権も代物弁済の予約も機能的には債権の支払を担保するという同一の作用を営んでいるのに、債権者が抵当権を実行するのと、予約完結権を行使するのとによつて地上家屋の運命に根本的な違いがでることは許されないからであり、この場合には民法三八八条を類推適用すべきである。

2 ところで、本件土地、家屋はもと岩本弁之助の所有であつたところ、岩本は昭和三一年七月二八日室谷景士から一〇万〇、〇〇〇円を借り受けるに当り、その支払を担保するため、本件家屋に抵当権を設定すると共に室谷を予約完結権者とする代物弁済の予約をなし、同月三〇日付でその旨の抵当権設定登記および所有権移転請求権保全の仮登記をなした。

そして、室谷は昭和三二年四月七日右一〇万〇、〇〇〇円の債権を抵当権および代物弁済予約上の地位と共にカネイ質舗金融株式会社に譲渡したところ、同会社は同月二五日岩本に対して右代物弁済の予約を完結する旨の意思表示をなしたうえ、同年五月二〇日付で代物弁済を原因として本件家屋に対する所有権移転登記を受けた。

その結果同会社は本件家屋の所有権を代物弁済を原因として取得し、それに伴い岩本所有の本件土地について法定地上権を取得した。

3 同会社は本件家屋を昭和三七年二月二七日代物弁済を原因として室谷育に譲渡し、それから本件家屋は昭和三九年七月一日松村一に、昭和四〇年三月八日山崎彪に順次売買を原因として移転し、本件家屋は現在山崎の所有となつているが、それに伴つて本件土地に対する法定地上権も山崎に移転したところ、本件家屋の所有権移転については順次所有権移転登記がなされているので、山崎は法定地上権をもつて、その後に本件土地の所有権を取得した者に対抗することができる。

したがつて、本件土地の所有権はいずれも代物弁済を原因として、昭和三六年五月三〇日岩本から広瀬公邦へ、昭和三六年九月二二日広瀬から豊田てる子へ、昭和三九年二月二六日豊田から原告へと順次移転し、順次その旨の所有権移転登記がなされ、現在は原告の所有であるが、山崎は右のとおり法定地上権をもつて原告に対抗することができるのである。

4 被告らは昭和三〇年ころ岩本から本件家屋のうち原告主張部分をいずれも賃借し、以来居住を続けているのであるから、本件家屋の所有権を取得した者はそれに伴い被告らに対する賃貸人たる地位をも承継するのであり、その結果現在における本件家屋の賃貸人は山崎である。

5 以上の経過で、被告らは本件土地について法定地上権を有する山崎から本件家屋のうち原告主張部分をいずれも賃借しているのであり、被告らはその敷地として本件土地のうち本件各家屋の各敷地部分を占有しているのであるから、この占有をもつて本件土地の所有者である原告に対抗することができる。

(二)  仮りに山崎が本件土地について法定地上権を有していなかつたとしても、原告による本件各家屋からの退去請求は権利の濫用であつて、その効力を生じない。すなわち、

原告は本件家屋の当時の所有者であつた松村および山崎と共謀のうえ、被告らを本件家屋のうち原告主張部分から退去させるため、本件家屋の所有権を山崎に譲渡させ、仮りに松村が原告に対して本件土地に対する債権的利用権を有していたとしても、松村から本件家屋を取得した山崎において、これを原告に主張できないようにしたのである。

(抗弁に対する認否)

(一)  抗弁(一)の事実のうち本件家屋および本件土地に対する所有権移転の経過が被告ら主張のとおりであり、現在における本件家屋の所有者が山崎であること、および本件土地・家屋の所有権移転について順次所有権移転登記がなされていることは認めるが、その余の事実を否認する。

法定地上権に関する民法三八八条の規定は抵当権実行の結果土地とその地上家屋の所有者とが別人となつた場合にのみ適用されるものであつて、代物弁済の予約を完結した結果土地とその地上家屋の所有者とが別人となつた場合には適用されないものである。

(二)  抗弁(二)の事実を否認する。

三  証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因事実、すなわち、本件土地が原告の所有であり、その地上にある山崎所有の本件家屋のうち原告主張部分に被告らが各居住し、本件土地のうちその各敷地部分を占有していることは当事者間に争いがない。

二  そこで、被告らが本件土地のうち原告主張の本件家屋(A)ないし(D)の各敷地部分を占有する権限を有しているか否かについて判断する。

(一)  本件土地・家屋がもと岩本弁之助の所有であつたところ、岩本は被告ら主張の金員を借用するに当り、本件家屋について抵当権を設定すると共に代物弁済の予約をなし、その旨の各登記をなしたこと、その後被告ら主張の経過を経て右代物弁済の予約が完結され、その結果カネイ質舗金融株式会社が本件家屋の所有権を取得しその旨の所有権移転登記を受けたこと、およびその後本件土地・家屋について被告ら主張のとおりの所有権の移転があり、現在本件土地の所有者が原告で、本件家屋の所有者が山崎であり、各所有権の移転について所有権移転登記がなされていることについては当事者間に争いがなく、証人岩本光子の証言に弁論の全趣旨が総合すると、被告らは昭和三〇年ころには岩本から本件家屋のうち原告主張部分をそれぞれ賃借し、その占有を始めたことが認められる。

そして、右事実によると、本件家屋の所有権が順次移転するに伴い、本件家屋の賃貸人たる地位も順次承継されると解するのが相当であるから、本件家屋の所有権を取得した山崎は本件家屋のうち原告主張部分の被告らに対する賃貸人たる地位をも承継したことになる。

(二)  つぎに、右のとおり本件家屋に対する代物弁済の予約を完結したカネイ質舗金融株式会社において、その敷地である本件土地について法定地上権を取得したか否かについて検討する。

ところで、

債務者が借受金債務の支払を担保するため所有の土地とその地上家屋のうちの一方に抵当権を設定すると共に代物弁済の予約をなした場合には、債権者は履行遅滞を理由として抵当権の実行としての競売と代物弁済の予約を完結するのとを選択的に行使することができるが、債権者において代物弁済の予約を完結する方法を選択した場合には、代物弁済の予約をするのと同時に予め家屋所有を目的とする土地利用権を設定することができたとして、地上家屋のために法定地上権の成立を認めない見解がある。

しかし、抵当権と共に設定された代物弁済の予約は、特別の事情のないかぎり、債務者が弁済期に債務の弁済をしない時に、債権者において目的不動産を換価処分し、これによつて得た売得金から債権の優先弁済を受け、残額はこれを債務者に返還することを内容とする一種の担保権としての効力を有しており、(最判昭和四二年一一月一六日、集二一巻九号二、四三〇頁参照)しかもその効力の実質は抵当権設定契約に抵当直流の特約が付された場合に準じて考えることができるが、これを抵当権の効力ないし内容として登記する方法がないので、代物弁済の予約という形式を用いているにすぎないのである。そうすると、債権者が代物弁済の予約を完結する方法を選択した場合においても、その実質は抵当直流の方法で抵当権を実行したのと同一のものと評価しえるのであつて、この場合には抵当権に関する民法三八八条を類推適用して、地上家屋のために法定地上権が成立すると解するのが相当であり、当裁判所としては前記見解はとらないところである。

そして、これを本件についてみると、前記当事者間に争いのない事実関係を基礎とすると、カネイ質舗金融株式会社は本件家屋に対する代物弁済の予約を完結することにより、本件家屋のため岩本所有の本件土地について法定地上権を取得し、これが本件家屋の移転に伴つて順次移転し、現在は本件家屋の所有者である山崎において、この法定地上権を有していることになる。しかも、本件家屋の所有権移転については前記のとおり山崎にいたるまで順次所有権移転登記がなされているから、山崎はこの法定地上権をもつて本件土地の現在の所有者である原告に対抗することができる。

(三)  以上の次第で、被告らはいずれも、本件土地について本件家屋のため法定地上権を有する山崎から本件家屋のうち原告主張部分を各賃借し、その敷地として本件土地のうちの各敷地部分を占有していることになるから、被告らによる各敷地部分の占有は正当なる権限に基づくものというべきである。

三  そうすると、被告らが本件土地のうち各敷地部分について、正当なる権限を有していないことを前提とする原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中山博泰)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例